farmfileの記事一覧

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【ファームファイル Vol.6 渡辺牧場編】足寄町で新規就農した渡辺牧場に密着。一家が目指す酪...

新規就農で放牧酪農を営む渡辺さんご一家に密着。「放牧の酪農」を始めたきっかけと、目指している酪農のスタイルについてお話いただきました。1.就農のきっかけ「大学卒業して2年間アメリカで農業研修とかしたりして、身近だったので。でもまさか自分が酪農やるとは思っていなかったですけど。」笑いながら渡辺さんは語ります。渡辺さんは北海道足寄(あしょろ)町にある「ありがとう牧場」での研修後、2020年に新規就農。2023年7月現在は、50haの敷地で搾乳頭数45頭を放牧しています。無農薬、無科学肥料のオーガニックをこころがけ、牛と自然に優しい牧場を目指しています。渡辺さんがファームエイジを知るきっかけは、ニュージーランド・北海道酪農協力プロジェクトやグラスファーミングスクール、ありがとう牧場の研修中に使用した電気柵などからで、今回の取材協力に至りました。取材に伺ったときは、牛の牧区移動の最中。ぞろぞろと牧道の上を歩く牛たちの最後尾を渡辺さんが歩いていきます。渡辺さんが足寄を訪れたきっかけは、以前勤めていた動物薬品販売を手掛ける会社の営業マンだったことです。足寄町が営業エリアだったこともあり、頻繁に訪れているうちに、なんとなく酪農に携わりたいという気持ちがわいてきたといいます。「ただ嫁さんはそんなこと思ってないから、2年ぐらい迷ったけど」そのあと、縁あって足寄町に新規就農することになった渡辺さんご一家。やるなら放牧酪農がいいかなと考えたそうです。小学校時代から生きものが好きだった渡辺さん。渡辺牧場には牛だけでなく、イヌ、ニワトリ、ヒツジなど、さまざまな生きものがいるのを見せてくださいました。「羊は草刈り(のために飼っている)だし、もう趣味ですね。」2.苦労したこと搾乳作業の最中、子供たちもつなぎを着てお手伝い。搾乳機器を運び込み、次々と搾乳に入っていきます。作業を見学しながら、苦労したことについて伺いました。「子牛が下痢で何頭か死んじゃったぐらいで。下痢しちゃうと出荷もできないから、それが大変だったのと」渡辺さんは続けて言います。「あとはひまり(三女)がはじめての分娩ラッシュの時に、膝が痛くなって腫れちゃって。」渡辺さんには4人のお子さんがいらっしゃいます。腫れはひかず、なんと入院することになってしまったそうです。「そしたら嫁さんも付き添いで入院して。でもうちの親が急遽来てくれて、子供の世話とかもしてくれたから助かりましたけどね。」搾乳後、子供たちは竹箒で牛舎をお掃除。なんとも慣れた手つきと段取りです。渡辺さんも頼もしそうに眺めています。3.就農のきっかけ「実は町から紹介してもらって、はじめて紹介してもらったのがこの牧場でした。」子供たちを膝に抱えながら、渡辺さんは当時のことを話してくださいました。「1番決めた理由はやっぱり放牧ができる環境。地続きでこれだけ広い土地があって、それを一番に考えていたので、その放牧ができる環境を目一杯活かした酪農がしたいですね。」空撮をするとその広さがさらによくわかります。道内でもこれだけ広大な放牧地を確保できる環境は、限られているでしょう。足寄町は放牧酪農が盛んな町で、町外だけでなく道外から新規就農する方も多いそうです。4.牧場の今後について「放牧草はいっぱい食べてるし。ただ今は(他の生乳と)混ざっちゃって、それがそのまま製品になっているわけじゃないですけど。」「来てくれた人にこれうちの牛乳なんですよって飲んでもらって、違うね、美味しいねって言われたら嬉しいですね。」牧草を食む牛を眺めながら今後のビジョンも語ってくれました。「ゆくゆくは、この放牧草をいっぱい食べた牛から絞った牛乳から、チーズとか。そういう形になれば面白いなとは思いますかね」インタビューに飽きてきたのか、放牧地の草を引っ張ったりして遊び始めた子供たち。せっかくなので、子供たちにもインタビューさせて貰いました。「お母さんは料理が上手だからかっこいい」お父さんは?「牛追いするのが上手」「良く知ってるね」嬉しそうに笑う渡辺さんでした。5.これから農業を志す人に向けて渡辺さんのアドバイスは、とてもシンプルなものでした。「不安はありますよね。でもやる気さえあれば、周りが応援してくれると思います。」「周りを頼っちゃダメかもしれないけど、あとは健康に気を付けて。」就農先が見つかったあとも、きちんと周囲の人もうまくやるようにとアドバイスもくださいました。ご自身も4人の子供を持つ父親ですが、気負いすぎるのも良くないと語る渡辺さん。「なんかやっぱり、日本って優しいじゃないですか。」「失敗しても頑張ってれば大丈夫かな、みたいな感じで。ちょっと気楽に考えてたかもしれないですけど。」「牛も自然もやった分だけ返してくれるというか、自然が相手だから、やっぱり思い通りにはいかないけど、と思えるような感じでやっていければいいですよね。」飼料や物価高騰で、危機的な状態が続く酪農業界。その中にあって、渡辺さんのスタイルはとてもポジティブでありつつ、原理原則に則ったシンプルなものだと感じました。これからも、家族とともに、牛や自然と向き合いながら、温かく幸せな放牧酪農を続けてほしいと願います。6.動画全編制作:ファームエイジ撮影・編集協力:櫛引 康平 7.関連動画【FarmFile Vol.1 馬場牧場編】牛舎飼いから放牧に切り替えた由仁町の酪農家のドキュメンタリー 農業者へ伝えたいメッセージ北海道由仁町の放牧酪農家 馬場敏さんに密着し、舎飼いから放牧酪農に切り替えた理由、放牧のメリットや学んだこと、農業に携わる方へのメッセージをいただきました。放牧酪農家を志す人々を応援します。 【FarmFile Vol.3 松尾めん羊牧場編】佐藤牧場長と羊肉生産へのこだわり・滝川市の特産品を活かした取組みとファームエイジとの出会いとは北海道の羊肉産業を盛り上げる滝川市の松尾めん羊牧場にこだわりや放牧のノウハウを伺いました。滝川市の特産品を活かした取組みや美味しいお肉を追い求める姿に密着。佐藤牧場長より、農業者への熱いメッセージをお届けします! その他の動画は >>>ファームエイジYoutubeサイトからご覧ください。 8.放牧を始めたい方へファームエイジでは、舎飼いから放牧への転換へのサポートなど、放牧に関する幅広いサポートを全国各地で40年近く行っています。詳しい資料もお送りできますので、ご興味のある方は以下からお気軽にお問合せください。全国送料無料でお届け!まずは資料請求からはじめてみる

【ファームファイル Vol.6 渡辺牧場編】足寄町で新規就農した渡辺牧場に密着。一家が目指す酪...

新規就農で放牧酪農を営む渡辺さんご一家に密着。「放牧の酪農」を始めたきっかけと、目指している酪農のスタイルについてお話いただきました。1.就農のきっかけ「大学卒業して2年間アメリカで農業研修とかしたりして、身近だったので。でもまさか自分が酪農やるとは思っていなかったですけど。」笑いながら渡辺さんは語ります。渡辺さんは北海道足寄(あしょろ)町にある「ありがとう牧場」での研修後、2020年に新規就農。2023年7月現在は、50haの敷地で搾乳頭数45頭を放牧しています。無農薬、無科学肥料のオーガニックをこころがけ、牛と自然に優しい牧場を目指しています。渡辺さんがファームエイジを知るきっかけは、ニュージーランド・北海道酪農協力プロジェクトやグラスファーミングスクール、ありがとう牧場の研修中に使用した電気柵などからで、今回の取材協力に至りました。取材に伺ったときは、牛の牧区移動の最中。ぞろぞろと牧道の上を歩く牛たちの最後尾を渡辺さんが歩いていきます。渡辺さんが足寄を訪れたきっかけは、以前勤めていた動物薬品販売を手掛ける会社の営業マンだったことです。足寄町が営業エリアだったこともあり、頻繁に訪れているうちに、なんとなく酪農に携わりたいという気持ちがわいてきたといいます。「ただ嫁さんはそんなこと思ってないから、2年ぐらい迷ったけど」そのあと、縁あって足寄町に新規就農することになった渡辺さんご一家。やるなら放牧酪農がいいかなと考えたそうです。小学校時代から生きものが好きだった渡辺さん。渡辺牧場には牛だけでなく、イヌ、ニワトリ、ヒツジなど、さまざまな生きものがいるのを見せてくださいました。「羊は草刈り(のために飼っている)だし、もう趣味ですね。」2.苦労したこと搾乳作業の最中、子供たちもつなぎを着てお手伝い。搾乳機器を運び込み、次々と搾乳に入っていきます。作業を見学しながら、苦労したことについて伺いました。「子牛が下痢で何頭か死んじゃったぐらいで。下痢しちゃうと出荷もできないから、それが大変だったのと」渡辺さんは続けて言います。「あとはひまり(三女)がはじめての分娩ラッシュの時に、膝が痛くなって腫れちゃって。」渡辺さんには4人のお子さんがいらっしゃいます。腫れはひかず、なんと入院することになってしまったそうです。「そしたら嫁さんも付き添いで入院して。でもうちの親が急遽来てくれて、子供の世話とかもしてくれたから助かりましたけどね。」搾乳後、子供たちは竹箒で牛舎をお掃除。なんとも慣れた手つきと段取りです。渡辺さんも頼もしそうに眺めています。3.就農のきっかけ「実は町から紹介してもらって、はじめて紹介してもらったのがこの牧場でした。」子供たちを膝に抱えながら、渡辺さんは当時のことを話してくださいました。「1番決めた理由はやっぱり放牧ができる環境。地続きでこれだけ広い土地があって、それを一番に考えていたので、その放牧ができる環境を目一杯活かした酪農がしたいですね。」空撮をするとその広さがさらによくわかります。道内でもこれだけ広大な放牧地を確保できる環境は、限られているでしょう。足寄町は放牧酪農が盛んな町で、町外だけでなく道外から新規就農する方も多いそうです。4.牧場の今後について「放牧草はいっぱい食べてるし。ただ今は(他の生乳と)混ざっちゃって、それがそのまま製品になっているわけじゃないですけど。」「来てくれた人にこれうちの牛乳なんですよって飲んでもらって、違うね、美味しいねって言われたら嬉しいですね。」牧草を食む牛を眺めながら今後のビジョンも語ってくれました。「ゆくゆくは、この放牧草をいっぱい食べた牛から絞った牛乳から、チーズとか。そういう形になれば面白いなとは思いますかね」インタビューに飽きてきたのか、放牧地の草を引っ張ったりして遊び始めた子供たち。せっかくなので、子供たちにもインタビューさせて貰いました。「お母さんは料理が上手だからかっこいい」お父さんは?「牛追いするのが上手」「良く知ってるね」嬉しそうに笑う渡辺さんでした。5.これから農業を志す人に向けて渡辺さんのアドバイスは、とてもシンプルなものでした。「不安はありますよね。でもやる気さえあれば、周りが応援してくれると思います。」「周りを頼っちゃダメかもしれないけど、あとは健康に気を付けて。」就農先が見つかったあとも、きちんと周囲の人もうまくやるようにとアドバイスもくださいました。ご自身も4人の子供を持つ父親ですが、気負いすぎるのも良くないと語る渡辺さん。「なんかやっぱり、日本って優しいじゃないですか。」「失敗しても頑張ってれば大丈夫かな、みたいな感じで。ちょっと気楽に考えてたかもしれないですけど。」「牛も自然もやった分だけ返してくれるというか、自然が相手だから、やっぱり思い通りにはいかないけど、と思えるような感じでやっていければいいですよね。」飼料や物価高騰で、危機的な状態が続く酪農業界。その中にあって、渡辺さんのスタイルはとてもポジティブでありつつ、原理原則に則ったシンプルなものだと感じました。これからも、家族とともに、牛や自然と向き合いながら、温かく幸せな放牧酪農を続けてほしいと願います。6.動画全編制作:ファームエイジ撮影・編集協力:櫛引 康平 7.関連動画【FarmFile Vol.1 馬場牧場編】牛舎飼いから放牧に切り替えた由仁町の酪農家のドキュメンタリー 農業者へ伝えたいメッセージ北海道由仁町の放牧酪農家 馬場敏さんに密着し、舎飼いから放牧酪農に切り替えた理由、放牧のメリットや学んだこと、農業に携わる方へのメッセージをいただきました。放牧酪農家を志す人々を応援します。 【FarmFile Vol.3 松尾めん羊牧場編】佐藤牧場長と羊肉生産へのこだわり・滝川市の特産品を活かした取組みとファームエイジとの出会いとは北海道の羊肉産業を盛り上げる滝川市の松尾めん羊牧場にこだわりや放牧のノウハウを伺いました。滝川市の特産品を活かした取組みや美味しいお肉を追い求める姿に密着。佐藤牧場長より、農業者への熱いメッセージをお届けします! その他の動画は >>>ファームエイジYoutubeサイトからご覧ください。 8.放牧を始めたい方へファームエイジでは、舎飼いから放牧への転換へのサポートなど、放牧に関する幅広いサポートを全国各地で40年近く行っています。詳しい資料もお送りできますので、ご興味のある方は以下からお気軽にお問合せください。全国送料無料でお届け!まずは資料請求からはじめてみる

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【喜茂別町で夢をはぐくむ酪農家に密着。齊藤さんが放牧を始めたきっかけと幸せな牧場作り。】放牧酪...

喜茂別町の放牧地で育った牛から牛乳を絞り、販売している牧場タカラの齊藤さん。「舎飼い」から「放牧」に切り替えたきっかけと、放牧での課題にどのように向き合ったのかについてお話いただきました。牧場タカラが作る牛乳とは。齊藤さんの想う幸せとは。1.牧場タカラについて蝦夷富士(えぞふじ)と呼ばれる美しい山並みをもつ羊蹄山(ようていざん)。その麓にある喜茂別(きもべつ)町に、牧場タカラはあります。この日は、牧草ロール刈りの真っただ中。場長の斎藤さんは、慣れた手つきでトラクターを運転しながら、続々と牧草ロールを作っていきます。酪農家として、牧草ロールを作るのは楽しみであり、うまくできたときは喜びでもあると語ってくれました。完成したロールたちを満足げに眺めます。「気持ちで作るんですよ。気持ちで。」と笑って話す斎藤さん。現在、約42haの敷地で30頭の乳牛(ホルスタイン牛とジャージー牛)を放牧しています。2001年に、ご両親の夢だった牛乳販売を開始。2007年には、チーズ工房タカラを併設し、チーズ販売もスタートしました。(2023年現在)今でこそ、順風満帆な牧場経営をされているように見えますが、そこに至るまでには、平坦な道のりではなく、試行錯誤や苦悩の日々がありました。2.放牧をはじめたきっかけ当時は、斎藤さんのご両親が経営されていました。できるだけ多くの乳量を求め、牛たちを牛舎で飼いながら、穀物飼料などを中心に与えるスタイルでした。乳量はあがりつつも、徐々に疲弊していく牛達。管理する人間にとっても、それは同様でした。「それで、牛たちをこのままではいけないっていうことで、運動をかねて出したっていうのが始まりで」斎藤さんがまだ子供のころだったそうですが、はじめて放牧地に放たれた牛たちを見た印象は、今も鮮明に残っていると語ります。「牛が嬉しそうな姿っていうのを忘れられなくて、当時は本当に幸せだなって思ったんですよね。」取材で訪れた日は天候に恵まれ、牧場の背景にある羊蹄山の稜線がくっきりと見えていました。眼下には、ゆったりと放牧地で草を食む牛たちの光景が広がっています。遠くでその様子を見て、「風景っていうのかな。僕の好きな言葉で」牧場を見わたしながら、斎藤さんは続けます。「パッと見たらこう、牛がいなかったらただの牧草地なんだけど、牛がいたらなんか違いますよね。いい風景を作れたな、作らせてもらったな」斎藤さんは誇らしげに語っていました。参考記事・放牧のメリットについて3.牛乳を作り始めたきっかけ日も落ちかけてきたころ、牧区のワイヤーを外し、牛たちを牛舎に戻します。放牧を終えて牛舎に戻っていく牛たちの姿を見ながら、斎藤さんは当時を振り返ります。「はじめた当初は、宅配牛乳をやってたんで、近隣の町にこう、1本1本届けるような牛乳販売をやってたんですね。」きっかけは、ご両親が「牛屋が牛乳を販売したい」という想いからスタートしました。ところが、放牧している牛たちが牧草をきちんと食べられない時期があると、品質にばらつきが出てしまい、厳しい指摘を受けることもあったそうです。このまま、こんな自信のない牛乳を作るわけにはいかない。放牧だから、薄い牛乳だと思ってほしくない。斎藤さんの中に、強い思いが芽生えました。そこからは、独学で放牧の知識を身に着けていきました。必死に取り組んだ甲斐もあり、今では年間を通じて、牛乳の味や品質を安定させることができる技術を身に着けられるようになりました。4.ファームエイジを知ったきっかけ「牛乳に対して自信がないっていう、これ大変なことだったんですけど。」「イコール牧場に自信がない、放牧の仕方がわからないっていう時に、どうしていいかわからなかったんですね。」悩みを抱えていた斎藤さんを救ったのは、意外な人でした。「宅配牛乳をしていたお客さんが、たまたまファームエイジの商品を使っていたんです。」こういうセミナーがあるから出てみたらどうだい?と、手渡されたのが、放牧酪農を学ぶセミナーである「グラスファーミングスクール」のパンフレットだったそうです。最初は、ためらいがあったそうですが、家族のサポートもあり、参加を決断しました。「僕はその時飛び込む勇気はなかったんだけど、うちの奥さんに背中をドンと押してもらって。」恥ずかしそうに笑いながら話してくださいました。参考記事・グラスファーミングスクールとは?5.これから農業を志す人に向けて「興味があっても、やりたいなで終わったら、すごく寂しいんですよね。」気が付くと、あたりはすっかり夕焼けに包まれていました。日中は青々としていた牧草地が、夕焼けのオレンジ色に染まっています。「それをやれるかわからないけど、一歩、これを踏み出して。失敗したっていいじゃないって感じで飛び込む勇気っていうのかな。」どの道が正しい選択かは、誰にもわかりません。それでも、自分の選んだ道を信じて、必死で走ってきた斎藤さんだからこそ、その言葉には重みがありました。「そんな勇気をもって、飛び込んでほしい」斎藤さんは語ります。参考記事・新規就農で放牧をお考えの方へ6.どうして幸せと思えたのか「僕、誰かとずっと比べたり、自分の目標がわからなかったんですよ」牧場タカラを見学に訪れた講師の先生達から、思いがけない一言をいわれたそうです。「何を不満に思ってんだって。いわれたときにハッとして。」あまりにもシンプルな一言でしたが、斎藤さんは、これでいいんだ、と心を落ち着かせることができたそうです。「これで十分っていう言葉がなんかワードで、そうするとなんかすべてが穏やかになってきて。生き方そのもの、生活そのものが、もう毎日が十分なんです。」今日も国道沿いには「幸せな牛のミルク」と書かれた看板があります。そして、その背景には牧場タカラの幸せな風景が、広がっています。苦難を乗り越え、自問自答を繰り返し、斎藤さんは自分なりの「幸せな放牧スタイル」を見出されました。これからも、多くの人に幸せを提供してくれる牧場であり続けてほしいと願います。6.動画全編制作:ファームエイジ撮影・編集協力:櫛引 康平 7.関連動画【FarmFile Vol.1 馬場牧場編】牛舎飼いから放牧に切り替えた由仁町の酪農家のドキュメンタリー 農業者へ伝えたいメッセージ北海道由仁町の放牧酪農家 馬場敏さんに密着し、舎飼いから放牧酪農に切り替えた理由、放牧のメリットや学んだこと、農業に携わる方へのメッセージをいただきました。放牧酪農家を志す人々を応援します。 【FarmFile Vol.4 グラッドニー牧場編】環境再生型農業でウシ、ヒト、地球が健康にアメリカの牧場をたたみ、2019年に北海道黒松内町でスタートしたグラッドニー牧場。肉用のアンガス牛とあか牛の周年放牧を行っているのは、代表の森塚千絵さん、パートナーのティムジョーンズさん。お二人に密着して、目指す農業と将来の農業者へのメッセージをお話いただきました。その他の動画は >>>ファームエイジYoutubeサイトからご覧ください。 8.放牧を始めたい方へファームエイジでは、舎飼いから放牧への転換へのサポートなど、放牧に関する幅広いサポートを全国各地で40年近く行っています。詳しい資料もお送りできますので、ご興味のある方は以下からお気軽にお問合せください。全国送料無料でお届け!まずは資料請求からはじめてみる

【喜茂別町で夢をはぐくむ酪農家に密着。齊藤さんが放牧を始めたきっかけと幸せな牧場作り。】放牧酪...

喜茂別町の放牧地で育った牛から牛乳を絞り、販売している牧場タカラの齊藤さん。「舎飼い」から「放牧」に切り替えたきっかけと、放牧での課題にどのように向き合ったのかについてお話いただきました。牧場タカラが作る牛乳とは。齊藤さんの想う幸せとは。1.牧場タカラについて蝦夷富士(えぞふじ)と呼ばれる美しい山並みをもつ羊蹄山(ようていざん)。その麓にある喜茂別(きもべつ)町に、牧場タカラはあります。この日は、牧草ロール刈りの真っただ中。場長の斎藤さんは、慣れた手つきでトラクターを運転しながら、続々と牧草ロールを作っていきます。酪農家として、牧草ロールを作るのは楽しみであり、うまくできたときは喜びでもあると語ってくれました。完成したロールたちを満足げに眺めます。「気持ちで作るんですよ。気持ちで。」と笑って話す斎藤さん。現在、約42haの敷地で30頭の乳牛(ホルスタイン牛とジャージー牛)を放牧しています。2001年に、ご両親の夢だった牛乳販売を開始。2007年には、チーズ工房タカラを併設し、チーズ販売もスタートしました。(2023年現在)今でこそ、順風満帆な牧場経営をされているように見えますが、そこに至るまでには、平坦な道のりではなく、試行錯誤や苦悩の日々がありました。2.放牧をはじめたきっかけ当時は、斎藤さんのご両親が経営されていました。できるだけ多くの乳量を求め、牛たちを牛舎で飼いながら、穀物飼料などを中心に与えるスタイルでした。乳量はあがりつつも、徐々に疲弊していく牛達。管理する人間にとっても、それは同様でした。「それで、牛たちをこのままではいけないっていうことで、運動をかねて出したっていうのが始まりで」斎藤さんがまだ子供のころだったそうですが、はじめて放牧地に放たれた牛たちを見た印象は、今も鮮明に残っていると語ります。「牛が嬉しそうな姿っていうのを忘れられなくて、当時は本当に幸せだなって思ったんですよね。」取材で訪れた日は天候に恵まれ、牧場の背景にある羊蹄山の稜線がくっきりと見えていました。眼下には、ゆったりと放牧地で草を食む牛たちの光景が広がっています。遠くでその様子を見て、「風景っていうのかな。僕の好きな言葉で」牧場を見わたしながら、斎藤さんは続けます。「パッと見たらこう、牛がいなかったらただの牧草地なんだけど、牛がいたらなんか違いますよね。いい風景を作れたな、作らせてもらったな」斎藤さんは誇らしげに語っていました。参考記事・放牧のメリットについて3.牛乳を作り始めたきっかけ日も落ちかけてきたころ、牧区のワイヤーを外し、牛たちを牛舎に戻します。放牧を終えて牛舎に戻っていく牛たちの姿を見ながら、斎藤さんは当時を振り返ります。「はじめた当初は、宅配牛乳をやってたんで、近隣の町にこう、1本1本届けるような牛乳販売をやってたんですね。」きっかけは、ご両親が「牛屋が牛乳を販売したい」という想いからスタートしました。ところが、放牧している牛たちが牧草をきちんと食べられない時期があると、品質にばらつきが出てしまい、厳しい指摘を受けることもあったそうです。このまま、こんな自信のない牛乳を作るわけにはいかない。放牧だから、薄い牛乳だと思ってほしくない。斎藤さんの中に、強い思いが芽生えました。そこからは、独学で放牧の知識を身に着けていきました。必死に取り組んだ甲斐もあり、今では年間を通じて、牛乳の味や品質を安定させることができる技術を身に着けられるようになりました。4.ファームエイジを知ったきっかけ「牛乳に対して自信がないっていう、これ大変なことだったんですけど。」「イコール牧場に自信がない、放牧の仕方がわからないっていう時に、どうしていいかわからなかったんですね。」悩みを抱えていた斎藤さんを救ったのは、意外な人でした。「宅配牛乳をしていたお客さんが、たまたまファームエイジの商品を使っていたんです。」こういうセミナーがあるから出てみたらどうだい?と、手渡されたのが、放牧酪農を学ぶセミナーである「グラスファーミングスクール」のパンフレットだったそうです。最初は、ためらいがあったそうですが、家族のサポートもあり、参加を決断しました。「僕はその時飛び込む勇気はなかったんだけど、うちの奥さんに背中をドンと押してもらって。」恥ずかしそうに笑いながら話してくださいました。参考記事・グラスファーミングスクールとは?5.これから農業を志す人に向けて「興味があっても、やりたいなで終わったら、すごく寂しいんですよね。」気が付くと、あたりはすっかり夕焼けに包まれていました。日中は青々としていた牧草地が、夕焼けのオレンジ色に染まっています。「それをやれるかわからないけど、一歩、これを踏み出して。失敗したっていいじゃないって感じで飛び込む勇気っていうのかな。」どの道が正しい選択かは、誰にもわかりません。それでも、自分の選んだ道を信じて、必死で走ってきた斎藤さんだからこそ、その言葉には重みがありました。「そんな勇気をもって、飛び込んでほしい」斎藤さんは語ります。参考記事・新規就農で放牧をお考えの方へ6.どうして幸せと思えたのか「僕、誰かとずっと比べたり、自分の目標がわからなかったんですよ」牧場タカラを見学に訪れた講師の先生達から、思いがけない一言をいわれたそうです。「何を不満に思ってんだって。いわれたときにハッとして。」あまりにもシンプルな一言でしたが、斎藤さんは、これでいいんだ、と心を落ち着かせることができたそうです。「これで十分っていう言葉がなんかワードで、そうするとなんかすべてが穏やかになってきて。生き方そのもの、生活そのものが、もう毎日が十分なんです。」今日も国道沿いには「幸せな牛のミルク」と書かれた看板があります。そして、その背景には牧場タカラの幸せな風景が、広がっています。苦難を乗り越え、自問自答を繰り返し、斎藤さんは自分なりの「幸せな放牧スタイル」を見出されました。これからも、多くの人に幸せを提供してくれる牧場であり続けてほしいと願います。6.動画全編制作:ファームエイジ撮影・編集協力:櫛引 康平 7.関連動画【FarmFile Vol.1 馬場牧場編】牛舎飼いから放牧に切り替えた由仁町の酪農家のドキュメンタリー 農業者へ伝えたいメッセージ北海道由仁町の放牧酪農家 馬場敏さんに密着し、舎飼いから放牧酪農に切り替えた理由、放牧のメリットや学んだこと、農業に携わる方へのメッセージをいただきました。放牧酪農家を志す人々を応援します。 【FarmFile Vol.4 グラッドニー牧場編】環境再生型農業でウシ、ヒト、地球が健康にアメリカの牧場をたたみ、2019年に北海道黒松内町でスタートしたグラッドニー牧場。肉用のアンガス牛とあか牛の周年放牧を行っているのは、代表の森塚千絵さん、パートナーのティムジョーンズさん。お二人に密着して、目指す農業と将来の農業者へのメッセージをお話いただきました。その他の動画は >>>ファームエイジYoutubeサイトからご覧ください。 8.放牧を始めたい方へファームエイジでは、舎飼いから放牧への転換へのサポートなど、放牧に関する幅広いサポートを全国各地で40年近く行っています。詳しい資料もお送りできますので、ご興味のある方は以下からお気軽にお問合せください。全国送料無料でお届け!まずは資料請求からはじめてみる